熱狂から内省へ。Sam Wilkes「Descending」が提示した現代ジャズにおけるLo-Fiの革命的価値

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2010年代後半、ロサンゼルスのジャズ・シーンは一つの到達点を迎えました。Kamasi Washington(カマシ・ワシントン)が牽引した、祝祭的で壮大なスピリチュアル・ジャズの復権。その熱狂がピークに達しようとしていた時、その喧騒の裏側で、全く異なるベクトルを持つ“静かなる革命”が進行していたことを、私たちは忘れてはなりません。その中心にいた人物こそが、Sam Wilkes(サム・ウィルクス)です。

彼が2018年にリリースしたデビュー・アルバム『WILKES』、とりわけそのハイライトである楽曲「Descending(=直訳降順)」は、ジャズにおける「技巧」の定義を根底から書き換えました。そこにあるのは、超絶技巧の応酬ではありません。あえて残されたテープノイズ、輪郭を曖昧に滲ませたベースライン、そしてアンビエント・ミュージックと共振する徹底された空間設計——。それは、デジタル技術によって高解像度化・画一化していく現代の音楽産業へのアンチテーゼであり、同時に、情報過多な社会に生きる私たちが無意識に渇望していた「安らぎ」の具現化でもありました。

なぜ、この一見「不完全」でざらついた音(Lo-Fi)が、これほどまでに現代人の琴線に触れるのか。

本稿では、サム・ゲンデルやルイス・コールといった異才たちとの化学反応を交えつつ、現代ジャズの新たなスタンダードとなった名曲「Descending」の構造と、その時代的意義を徹底的に紐解いていきます。

1. 楽曲・アーティストの概要

  • アーティスト: Sam Wilkes (サム・ウィルクス)
  • 楽曲: Descending
  • 収録アルバム: 『WILKES』(デビュー・アルバム)
  • リリース: 2018年10月5日

参加ミュージシャン:

Sam Gendel (サックス): 彼の盟友であり、現代ジャズの最重要人物の一人。
Louis Cole (ドラム): KNOWERでおなじみ、超絶技巧とファンクネスの鬼才。
Christian Euman, Brian Green など、LAシーンの精鋭たち。

概要:

この楽曲は、ロサンゼルスを拠点に活動するベーシスト兼コンポーザーSam Wilkesのソロデビュー作からの1曲です。単なるジャズ・アルバムではなく、インディー・ロック、アンビエント、アヴァンギャルドの要素が、まるで霧の中で混ざり合うように構成されています。

2. アーティストのルーツと音楽的DNA

Sam Wilkesの音楽を紐解くには、いくつかの異なる文脈(ルーツ)を理解する必要があります。

スピリチュアル・ジャズとアンビエントの融合:

Alice ColtranePharoah Sandersが持っていた「精神性(スピリチュアリティ)」を継承しつつ、それをBrian Enoのような「環境音楽(アンビエント)」のフィルターを通して再構築しています。

ヒップホップ・ソウルのグルーヴ:

彼のベースプレイは、派手なスラップ奏法ではなく、D’Angelo(ディアンジェロ)の『Voodoo』におけるPino Palladino(ピノ・パラディーノ)のような「重心が低く、レイドバックした(もたついたような)グルーヴ」に根ざしています。

“非”ジャズ的な構成:

即興演奏(インプロビゼーション)を主体としながらも、スタジオでの編集やループ処理を多用しており、構造的にはTeebsFlying LotusといったLAビート・ミュージックの影響も色濃く反映されています。

3. アルバム『WILKES』と楽曲の時代的価値

2018年という年は、ジャズが「再定義」された重要な年です。このアルバムと楽曲は以下の点で歴史的な価値があります。

「LAニュー・ジャズ」の金字塔:

Kamasi Washingtonが「祝祭的なジャズ」を復権させた一方で、Sam WilkesやSam Gendelは「個人的で内省的なジャズ(ベッドルーム・ジャズ)」の価値を提示しました。これはパンデミック以降の「チル・アウト」や「ローファイ・ヒップホップ」の世界的流行とも共鳴する、先見性のあるサウンドでした。

音の「汚れ」を美とする美学:

「Descending」を聴くと、テープノイズのようなヒス音や、音が揺らぐような加工が意図的に残されています。ハイファイでクリアな音が正義とされた時代に対し「ノスタルジーと温かみ」こそが現代人の癒やしになると証明したのです。

ジャンルの境界消失:

この曲はジャズ・プレイリストにも、インディー・ロックのプレイリストにも、あるいはヨガや瞑想のプレイリストにも違和感なく溶け込みます。ジャンルという壁を、その圧倒的な「心地よさ」で無効化しました。

4. 関連するアーティスト・聴くべき作品

あなたがこの曲に惹かれたのであれば、以下のアーティストや作品は必聴です。

Sam Gendel (サム・ゲンデル):

   Wilkesの盟友。特に二人の共作アルバム『Music for Saxofone and Bass Guitar』は、この「Descending」の世界観をさらに純度高く抽出した傑作です。

Pino Palladino & Blake Mills:

   アルバム『Notes With Attachments』。Wilkesと同じく、ベースという楽器の可能性を「低音を支える役割」から「空間を彩る絵筆」へと拡張しています。

Nala Sinephro (ナラ・シネフロ):

ロンドン拠点のハープ奏者。Wilkesの持つアンビエント・ジャズの感覚に近く、より瞑想的なアプローチをとっています。

Louis Cole / KNOWER:

「Descending」に参加しているドラマー。彼のソロ作ではファンキーでハイテンションな曲が多いですが、Wilkes作品ではその抑制されたドラミングのセンスが光ります。

まとめ

「Descending」は、ジャズがコンサートホールから「生活空間」へと帰ってきたことを象徴する一曲です。

技巧を見せつけるのではなく、「音そのものの手触り」や「繰り返しの美学」によって、聴く者の心拍数を落ち着かせるような効能があります。Louis ColeやSam Gendelといった超一流のプレイヤーたちが、あえて「隙間」を作るように演奏している点に、この楽曲の真の贅沢さがあります。