クラブ×ジャズの革命。ロンドン発のムーブメント「Acid Jazz」とGilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)の軌跡
2026年が幕を開けて、最初の週末。成人式を控えて新たな門出を胸に、という若者も多いことでしょう。そんな日の朝、FORET COFFEEへ。年末年始も毎朝通っていたし、ここのカフェラテを飲まないと調子が出てこない。いや、調子がいい日ってなんだ?と言われてしまいそうだが、ハッピーニューイヤーのせいか、ひらめきの少ない鈍い1週間だったわけです。しかし…スローテンポで鈍った感覚にいる時ほど、いい発見を見逃さないものだ。FORET COFFEEで流れていた音楽にビビッと来てしまったのだ。かかっていた音楽は、Resavoirの『Heavenly』。休眠していた感覚が目を覚ます。こういう出会いを結んでくれるから、街のカフェ・お店の存在は偉大だ。店主の松澤さんがVinylを引っ張り出してきて言う。
「いいよね、なんかね、この人たちもそうだけど、Gilles Petersonというレーベルをやってる人?DJがとてもよくて、その周辺の人たちを聴くと、いい音楽がみつかるんだよね」
Gilles Peterson?
聞いたことがあるが掘っていない。ふと見かけてそのままにしていたではないか。というわけで、急にGilles Petersonとは?を探索する脳内旅行が始まってしまったわけです。そんなきっかけから始まった本稿。ぜひお楽しみください。
This article is written in collaboration with AI.
Jamiroquaiの洗練されたグルーヴ、現代のTom Mischのようなスタイリッシュなサウンドに心惹かれているなら、その源流にある「Acid Jazz(アシッド・ジャズ)」という巨大な震源地を知る必要があります。それは単なる音楽ジャンルではありませんでした。
1980年代後半、ロンドンの地下室で若者たちが起こした、ジャズをダンスフロアに取り戻すための革命だったのです。本稿では、世界中の洒落者たちを熱狂させたこのムーブメントについて、その立役者であるGilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)との関係性を軸に紐解いていきます。
1. Acid Jazzとは何か?:ロンドンの地下室から世界へ
Acid Jazzは、1980年代後半にイギリス・ロンドンで発生した音楽ムーブメント、およびそこから派生した音楽スタイルを指します。
その正体は、「ジャズ、ソウル、ファンク、ディスコ、そしてヒップホップのビートを融合させた、踊れるジャズ・サウンド」です。
誕生の背景とネーミング
発祥は1987年頃のロンドンのクラブシーン。当時、電子音主体のダンスミュージック「アシッド・ハウス(Acid House)」が流行していました。
これに対抗するように、DJたちが70年代のジャズファンクやソウルを大音量でプレイ。「これが俺たちの『アシッド・ジャズ』だ!」とジョーク交じりに宣言したことが、このジャンル名の由来と言われています。
つまり、Acid Jazzとは特定の楽曲構造を指す言葉である以前に、「過去の良質な音楽を、現代的な感覚で再評価し、楽しむ姿勢」そのものを指していたのです。
2. ゴッドファーザー、ジャイルス・ピーターソンの功績
このムーブメントを語る上で避けて通れない最重要人物が、DJであり「選曲家」のジャイルス・ピーターソンです。
彼は単にレコードを回すだけのDJではありませんでした。彼は「キュレーター」として、以下の手法でシーンを牽引しました。
レア・グルーヴ(Rare Groove)の発掘:
埃をかぶっていた70年代のジャズやB級ファンクのレコードを掘り起こし、それをクラブのピークタイムに投下することで、古い音楽に「最新のクールさ」を与えました。
レーベルの設立:
1987年に「Acid Jazz Records」を設立し、ジャンル名を決定づけます。その後、1990年にはよりアーティスティックな「Talkin’ Loud」を設立。ここからインコグニートやガリアーノといったスターを世界へ輩出しました。ジャイル・ピーターソンがいなければ、ジャズは「博物館に飾られた音楽」のままだったかもしれません。
3. 時代的価値:なぜ「革命」だったのか
音楽史の視点から見ると、Acid Jazzは以下の3点において極めて重要な価値を持っています。
ジャズの復権と大衆化
それまで「難解で高尚なもの」とされ、若者から敬遠されがちだったジャズを、ファッション性の高い「ダンスミュージック」として再定義しました。
生演奏とDJ文化の融合
DJのループ感覚やヒップホップ的なビートアプローチを、生バンドの演奏で再現するというスタイルを確立。これが後のクラブ・ジャズの基礎となりました。
現代音楽への架け橋
そのグルーヴ感は海を越え、エリカ・バドゥやディアンジェロといったアメリカの「ネオ・ソウル」ムーブメントへ直接的な影響を与えました。
4. まず聴くべき重要アーティスト
Acid Jazzの世界へ足を踏み入れるための、必聴アーティストを紹介します。
Jamiroquai(ジャミロクワイ)
ポップ・アイコンへ昇華した王者。
スティーヴィー・ワンダー直系の歌声と強烈なグルーヴで、ジャンルを世界レベルのポップスへと押し上げました。『Emergency on Planet Earth』は必聴の歴史的名盤。
Incognito(インコグニート)
シーンの絶対的な顔役。ギタリストのブルーイ率いる大所帯バンド。洗練されたホーンセクションとソウルフルな歌声は、これぞAcid Jazzという王道のサウンドです。
The Brand New Heavies(ブラン・ニュー・ヘヴィーズ)
ストリート・ファンクの体現者。よりファンク色が強く、アメリカのヒップホップ勢とも積極的にコラボレーションを行うなど、ストリートの空気を色濃く反映しています。
Galliano(ガリアーノ)
ジャイルス・ピーターソンの精神的支柱。ポエトリー・リーディングとジャズを融合させたスタイル。Acid Jazzが持つ「精神性」や「メッセージ性」を象徴する、よりアーティスティックな存在です。
まとめ:現在の音楽シーンへ続く「系譜」
Acid Jazzとは、「過去の遺産(ジャズ/レア・グルーヴ)を、DJ的な編集感覚で現代に蘇らせた、英国流のスタイリッシュな再構築」でした。
その精神は決して過去のものではありません。現在、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)やトム・ミッシュ(Tom Misch)らが牽引する「サウス・ロンドン・ジャズ・シーン」の爆発的な盛り上がりは、かつてジャイルス・ピーターソンが撒いた種が、形を変えて花開いたものと言えるでしょう。
歴史を知ることで、今の音楽はより深く、鮮やかに聴こえてくるはずです。
【編集部より】
記事を読んでAcid Jazzに興味を持たれた方は、まずはJamiroquaiの初期作品から聴いてみるのがおすすめです。70年代の熱気と90年代のクールネスが同居するそのサウンドは、今聴いても全く色褪せていません。
