【私旅記】Ted GioiaのAIへの警笛とJAZZバー「MINTON HOUSE」で『Gateway 2』に出会う

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鎌倉とTed Gioia

2026年の2月1日(土)。今日お話しするのは、『Gateway 2』というアルバムに出会うまでの旅の話。もうすっかり文字を読まなくなった人も多いだろう中で、今から話すことがどれだけ人の役に立つのかはわからないが、役に立たなそうな物語も、AIに投げかけてサマリーしてもらうもよし、全文をコピーして音声で読み上げてもらうもよし。少しの寄り道をしてみるのはいかがでしょうか。

こんな前置きをするのはなぜか。関係ないでしょう? いいや、関係大あり。今から話す物語は、徒然なる旅の中で、計算しようのない不思議があったから。こういう世にも不思議な出会いというものがあるから、身体を使って旅をするのはやはり何ものにも替え難いと気づかされます。

真夏のような太陽が降り注ぐ今日、葛飾北斎が見た景色を臨みたくて、電車を乗り継ぎ、横浜、鎌倉、江ノ電、湘南海岸と東海へとひとり電車にゆられた。お昼過ぎには江ノ島駅に着き、湘南海岸へ。カメラを三脚に乗せて、波音と不規則で普遍的に繰り返す波を前に立ち止まった。撮影するとなると、同じ場所で5分、長ければ1時間、雑草のように根を張ったままずっとそこにいる。周りの人からしたら、何をそんなに棒のように立っているのか?と奇怪に思うだろう。奇怪に思われたらまだ良い方だ。もはや存在がこの世から消えているんじゃないかと思うくらい、迎車タクシーのように通り過ぎていく人たちもたくさんいる。いいのだ、それで。

日没を撮り逃さないよう、湘南海岸から江ノ電に乗って、稲村ヶ崎駅から高台へ早歩きで移動して、またじっと何時間も根を張る。日が暮れるその瞬間、話し込んでいた周りの人たちは一斉に息を呑み、静まりかえる。どこからともなく集まってきた群衆が、みな同じ方を臨み、ただ夕焼けを眺めている。この一体感にやさしさを感じている自分がいたりもする。山陵に日没が消えると、みな帰っていく。それでも私は根を張り、星が見え始める頃までもう一時間粘り続けた。

さっきまで見えていた波も見えなくなり、車のテールランプが電飾のように瞬く頃、高台を下って、稲村ヶ崎駅から鎌倉駅、そして横浜駅を経由して、石川町駅へと向かった。昨年の12月に親しい先達と訪れたJAZZバー「MINTON HOUSE」に寄りたくなったからだ。

「MINTON HOUSE」へ向かう車中、ずっと溜め込んでいたメールのニュースレターを読む。電車に揺られると、何もしなくていい時間が生まれるから、仕事とは違う自分になれる。そんな真相の自分の時間をつくるために電車に乗っていると言っても過言ではないだろう。ここで読んだのがTed Gioia(テッド・ジオイア)のSubStackだ。こうして物語はタイトルに戻る。

Ted GioiaとMINTON HOUSE

Ted Gioia(テッド・ジオイア)

“アメリカ出身の音楽評論家、歴史家、ジャズ・ピアニスト。 スタンダードとして読み継がれる名著『The History of Jazz』や『The Imperfect Art』の著者であり、ASCAPディームズ・テイラー賞を3度受賞するなど、ジャズの歴史的文脈への造詣は他の追随を許さない。 同時に、スタンフォード大学でMBA(経営学修士)を取得したビジネス的視点も兼ね備え、現在は自身のニュースレター「The Honest Broker」を主宰。アルゴリズムが支配する現代の音楽産業やカルチャーに対して鋭い提言を続ける。”

私が彼を知ったきっかけは、毎週月曜日に発行されるニュースレター「Lobsterr」。ここでカルチャーとビジネスの未来の重要参考人として、度々Ted Gioiaの論考が取り上げられていることから追いかけるようになった。

そして、1月31日(土)にアップされた最新のSubStack(メールボックスに届いた本文)に目が止まった。タイトルは「My Warning About AI Music from 1988」。彼が大学生だった頃に上梓した書籍『THE IMPERFECT ART』が40年以上経った今、改めて注目を集めていることに触れ、AI時代における「人間味」について述べている。

…(一部抜粋)素晴らしいジャズ作曲家である故ジム・マクニーリーは、マイルス・デイヴィスの長年の共作者であったギル・エヴァンスの録音について語る中で、こう述べていました。

「ギルの書く譜面の中には、リズムがあまりに難解で、ギル本人の録音でさえ奏者による小さなミスがたくさん含まれているものがあります。ところが、後に他のアンサンブルがそれを録音し、完璧に演奏してみせている(nailing it)ものを聴くと、かえって奇妙に聞こえてしまうのです……。ギルのオリジナルのレコードにある、あの荒削りな部分から滲み出る人間味。私にはそれが、ただただ美しく感じられるのです」

英語原文

The late Jim McNeely, a fantastic jazz composer, said something similar in a discussion of recordings by Miles’s longtime collaborator Gil Evans.

Some of Gil’s writing was so rhythmically tricky to play that the recordings that Gil did are full of these little mistakes that the players make, and when you hear it recorded later by other ensembles, where they’re nailing it, it sounds weird….

On Gil’s own recordings, the word I keep thinking of is there’s a charm about those, because they weren’t played perfectly….

There’s this humanness of the rough edges on Gil’s original records that to me are just beautiful.

「かえって奇妙に聞こえてしまう」ーーーこれはとても不思議なことのように思う。今やYouTubeで流れていくAI音楽は、生バンドと見間違わぬほど精巧だ。ただ、どことなく奇妙な部分を「まだ」感じられる。この「奇妙さの正体」をAIが学習したら、人間味が表れてくるのだろうか。

私個人としては、AIは音楽におけるCDのような立ち位置だと考えている。

CDがあるから、データを格納して手元に残すことができるようになった。一方で、レコードや生演奏の「個体がもつズレ」にいっそう心地よさを求めるようになっているからだ。

この「個体のズレ」を、インターネット登場以来、私たちは圧倒的に言語化できていない。言語化できていない以上、インターネット(ほとんどがGoogle)をソース元とするAIの学習は、まだまだ、私たちが生身で感じているズレを学ぶ機会に乏しい。つまり、CDが生演奏の体温というか、現場の空気をデータとして収めることができなかったように、私たちが生身で得る体験的学習が、一周先を行き続ける気がしている。

…とそんなことを電車の中で、ただ一人黙々と考えふけっている自分が恥ずかしいが、気づくと石川町駅に到着。2ヶ月ぶり、一人で来るのは初めてとなる「MINTON HOUSE」の扉を開いた。

MINTON HOUSEとGateway 2

木製のソファ、椅子、タバコのヤニで黒くなったステンドグラス風のライト。棚にぎっしりと収まっているレコード。カウンターにはスーツ姿の男性と、一人客の女性、二人組の老年男性、テーブルには仕事仲間風情の3人組。1メートルはあろうか、店内の奥に備え付けられたスピーカーから音が響く。「大音響なのに、まったく苦しくない」と3人組の一人が言う。私はスピーカーを右目に、真正面にカウンターを臨み、テーブル席についた。お酒を頼むと、丸い白いフェルト状のコースターには「LIFE IS LONG TRIP」と海外のどこかのお店のロゴだろうか、ヘルベチカ調のフォントで整然と黒い文字が記されている。今日一日の旅を労うかのように差し出されたコースターに、家に帰ってきたかのような心地よさを抱かずにはいられなかった。

先ほどのTed Gioiaの記事をもう一度読み返しながら、お酒を飲む。たった一人だから、目のやり場もなく、足を組んで座っているとやけにキザだ。ドギマギしている正直、とは見せない冷静さを装って、目を閉じてレコードに耳を傾けた。ピアノサウンドのレコードが終わり、ジリジリと次のレコードに針を乗せる音がする。流れてきたのは、そう、やっとこの物語も終盤。『Gateway 2』だ。

レコードがかかると、壁に埋め込まれた四角の額縁に、カードを挿入するような仕草でレコードジャケットが飾られる。知識があるわけがない私は野暮だが、飾られたレコードを、スマホのカメラを望遠いっぱいにして撮影。まだ冷静さを装いながら、素知らぬ顔で、AIに画像を送り「このアルバム何?」と訊ねる。素知らぬ顔をしている自分が恥ずかしくて笑えてくる。流れ出したその一曲がこれだ。

さっきまでの生ピアノの華麗さとはうって変わって、静けさが空間に漂う。今日歩いて見た景色がフィルム写真のように一枚ずつ脳裏を巡る。今日という日を、ただ気の赴くままに過ごした最後。広大なネットの世界にはまだデータ化されていない、現世の巡り合わせの糸が、幾重にもつながり、今日が終わる。こういう不思議な出会いがあるから、旅を続けたくなる。
Ted Gioiaがいう人間味、その人間味を生むズレ。それがこの楽曲には無数に広がっていたから。

最後に、このアルバムの概要を紹介して、この私旅記を終わります。(AIに書いてもらいます、という矛盾が滲み出ますが…ご愛嬌でございます寝)

1. 概要:『Gateway 2』

  • アーティスト: Gateway (John Abercrombie, Dave Holland, Jack DeJohnette)
  • リリース: 1978年
  • レーベル: ECM Records
  • ジャンル: Jazz, Post-Bop, Avant-Garde Jazz
  • 形式: LP(ヴァイナル)

このアルバムは、ギタリストのジョン・アバークロンビー、ベーシストのデイヴ・ホランド、ドラマーのジャック・ディジョネットという、現代ジャズ界の「巨人3人」によるトリオプロジェクト「Gateway」の2作目です。ECMレコード特有の、「沈黙の次に美しい音」という美学が貫かれています。

2. アーティストのルーツ:3つの巨星の衝突と融合

このトリオは単なる寄せ集めではありません。それぞれがジャズの歴史を変えてきた強烈なルーツを持っています。

Dave Holland (Bass) & Jack DeJohnette (Drums):

   彼らのルーツにおける最大の共通点はマイルス・デイヴィスです。1960年代後半から70年代初頭、エレクトリック・ジャズの革命期(『Bitches Brew』セッションなど)のリズムを支えた最強のコンビです。彼らは「リズムを刻む」だけでなく、「リズムで会話する」能力に長けています。

John Abercrombie (Guitar):

   彼はジム・ホールのような伝統的なジャズギターの系譜にありながら、ロックの歪み(ディストーション)や空間系エフェクトを大胆に取り入れたパイオニアです。彼のルーツは「バップ」と「サイケデリック」の間にあり、それをECMという冷たく澄んだ音響空間で昇華させました。

3. 時代的価値:フュージョン全盛期への「回答」

1978年当時、アメリカのジャズシーンは商業的な「フュージョン(クロスオーバー)」が全盛で、よりキャッチーでファンキーなサウンドが主流でした。

しかし、この『Gateway 2』はその対極にあります。
空間の美学: 張り詰めた緊張感と、音の隙間(スペース)を活かした演奏。
インタープレイの極致: 誰が主役で誰が伴奏か分からないほど、3人が対等に絡み合います。

ECMサウンドの確立: プロデューサーのマンフレート・アイヒャーによる、透明度が高く、冷ややかで美しい録音技術が、ジャズを「ナイトクラブの音楽」から「美術館で聴く芸術」へと変貌させました。

このアルバムは、商業主義に走らずとも、純粋な即興演奏と高い芸術性だけで聴き手を圧倒できることを証明した、時代へのアンチテーゼとも言える作品です。

4. 関連するアーティスト

このサウンドに惹かれたあなたには、以下のアーティストや作品も共鳴するはずです。

Keith Jarrett (キース・ジャレット): ジャック・ディジョネットと長年トリオを組んでいました。特に「Standards」シリーズ以前の、70年代のカルテット作品。

Pat Metheny (パット・メセニー): 同じECMの看板ギタリストですが、アバークロンビーより牧歌的。聴き比べるとアバークロンビーの「影」の魅力が際立ちます。

Bill Frisell (ビル・フリーゼル): アバークロンビーの影響を強く受け、空間を歪ませるようなギタープレイを受け継いだ現代の巨匠。

Terje Rypdal (テリエ・リピダル): 北欧ノルウェーのギタリスト。ECMの「冷たい音」を象徴するもう一人の重要人物。

5. まとめ

『Gateway 2』は、ジャズが持つ「熱気」を内側に閉じ込め、静寂の中で青白く燃焼させているようなアルバムです。ジャケットのアートワーク(青い空と白い壁、小さな窓)が示す通り、この音楽は「どこか別の場所へ通じる入り口(Gateway)」の役割を果たしてくれるでしょう。